〒666-0013 兵庫県川西市美園町1-3
宝泉ビル1F
A型支援事業所カフェパピーナ TEL0727-67-7511
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(農園活動)
皆さんは農福連携という言葉を知っているでしょうか?これはなり手がない農業に、現在増えている福祉の利用者を当てて、人手不足を解消する。そして福祉では都会っ子が多いゆえ、土地を耕し、種を植え、育て、収穫するという、作物を作り上げていくという喜びを知らない障碍者も多い。彼らに畑にかがんだり、立ったり、歩き回ったりすることにより、自然との触れ合いの中で身体を動かしてもらい、ジムやスポーツでは味わえない自然の中で動き、働くことの喜びを知ってもらう。これによって運動不足を解消し、同時になにかを生産し、作り上げていくという創造の喜びを共に分かち合う。
これらを農業と福祉の連携、すなわち農福連携といって、2019年に農福連携等推進ビジョンとして、政府が推進しています。この農福連携等というのは、単に農業のみならず、例えば、うちで言えば農家レストランの庭内での楽器を使った演奏会を開くなどの芸術活動なども取り入れたユニバーサル(普遍的、すべてに共通である様)な取り組み、価値の広がりを指します。
こういったビジョンの下で、兎に角自然と戯れる中で身体を動かし、汗をかき、そしてthanks giving、収穫に対する感謝、喜びを味わいつつ、恵みの食物を頂く。この経験を我々とともに味わってみませんか?
(たこやき)
大阪名物で今や日本全国区となったたこ焼き。スタッフが厳選された材料を仕入れ、利用者がどうしたら限られた経費と条件で、いかに美味しく焼き上げるか、創意工夫して自信ある味わいに仕上げました。いきなりの改善は困難ですが絶えず試行錯誤を繰り返して、創造的な心を失うことなく、作ることを心がけます。あなたも一度焼いてみませんか?
(数珠{パワーストーン}作り)
何故数珠かといいますと、経営者が仏門に帰依しており、仏の道を追求して仕事に当たっております。数珠というのは百八つの珠からできています。これは、百八つの煩悩、金剛界百八尊を表すといわれています。その関係から是非とも利用者に数珠という仏教徒にとって神秘性ある装具を作り、それを身に着けて困った時の神頼み(いや仏頼み)する際に使って見て欲しい。あまりいえば宗教的な勧誘となるのですが、私どもとしてはその神秘性を見て制作し、装着してみる中で、情操というものを味わって欲しい。そういう願いの元この作業を用意しました。まず数珠というものを気軽に手に取ってそのミステリアスな輝きの恍惚感を体験してみてください。
(岩塩作業)
岩塩とは、海底が地殻変動のため隆起するなどして、海水が陸上に閉じ込められたりし、塩分が濃縮したものです。平たく言えば、海水が化石化したものと言えます。それは長い年月をかけて作られた天然塩で水に溶けにくく、精製塩より、丸みや旨味があるといわれています。それらの岩塩を水で洗い、計り分けし、袋詰めする。そして輝石という宝石商で販売してもらいます。
塩というのは身を清める働きをしてくれます。この岩塩作業を通じて、もう一度塩という我々にとって欠かすことのできない代物を習い知りましょう。
地位、肩書というものは福祉の世界ではあんまり重視されない世界である。それは男に比べて虐げられている女の平等への希求がそうさせているのかもしれない。しかしうちの職員のkさんは肩書というものを重視する。それはある意味女の男に対抗するステータスというか、威張り散らす男への葵の印籠みたいなものなのだろう。こういう「錦の御旗の下仮受けた肩書なのだから、お前らも従わんかい」という服従対象である。
しかしひょっとしたら今の福祉も曲がり角に来、そういう奥の手も出さねば、利用者のわがままを抑えきれなくなっているのかもしれない。言わば、わがまま千万を言って言うことを聞かぬ奴に対して、権力をかざし、「この印籠が目に入らぬか?」と肩書を持ちだす。上記したように肩書をあまり重視せぬ福祉には、これがある意味秘策のような効果があるのである。
それ故福祉の世界も2004年に自立支援法が大幅に改正されて二十一年。曲がり角に来ており、従来のやり方ではいろんなところにほころびが来ている。福祉だけじゃなく少子高齢化社会の真っただ中にいる日本の国自体が、めまぐるしい変遷期を迎えつつある。
地位、肩書というものは福祉の世界ではあんまり重視されない世界である。それは男に比べて虐げられている女の平等への希求がそうさせているのかもしれない。しかしうちの職員のkさんは肩書というものを重視する。それはある意味女の男に対抗するステータスというか、威張り散らす男への葵の印籠みたいなものなのだろう。こういう「錦の御旗の下仮受けた肩書なのだから、お前らも従わんかい」という服従対象である。
しかしひょっとしたら今の福祉も曲がり角に来、そういう奥の手も出さねば、利用者のわがままを抑えきれなくなっているのかもしれない。言わば、わがまま千万を言って言うことを聞かぬ奴に対して、権力をかざし、「この印籠が目に入らぬか?」と肩書を持ちだす。上記したように肩書をあまり重視せぬ福祉には、これがある意味秘策のような効果があるのである。
それ故福祉の世界も2004年に自立支援法が大幅に改正されて二十一年。曲がり角に来ており、従来のやり方ではいろんなところにほころびが来ている。福祉だけじゃなく少子高齢化社会の真っただ中にいる日本の国自体が、めまぐるしい変遷期を迎えつつある。
カードゲームを売り出そうとしているのだが、その攻略本、必勝本も出そうと思っている。僕はゲームに関してさしてやってこなかったし、素人の部類に入る。しかし小さい頃人生ゲームやトランプや花札に興じた経験、体験を懐かしげに思い出してみる。するとやはりそこに何と言っても、「負けてしまう」という小便を漏らしてしまいそうなスリルや、「やった。勝った」という王者になったような優越感。それは子供だった故、何物にも代えがたい快感があった。ゲームの面白さというのは何といってもその童心に帰ったスリルとときめき、驚きである。これを臨場感を持たして文字で体験させたとき、それがたとえ稚拙な専門用語の乏しい、攻略本、必勝本であっても、読む者を魅了し、戦略や決断勝負の世界へ誘える。
ただゲームというのは負けたら、大損をする。しばらくその人の人生、生活に支障をきたすという賭博性もある。それ故そこのところは金を賭けたりすることなしに、あたかもそれを賭けているかのような世界へと誘うにはどうしたら良いか、説いて行きたいと思う。
軍隊は上から下へ指揮系統が明確という。しかしいくら軍隊であっても、下の者の声、小さな声に耳を傾けない上層部ならば下の者は面従腹背、ついてこない。そこは軍隊であろうが、事業であろうが、宗教団体であろうが同じである。そして事業、宗教団体、軍隊とどれが最も男の世界かというと軍隊かもしれない。
しかし彼らとて一人もんではないし、家庭に帰れば妻や子供がいる。それゆえ、軍隊の一般的イメージとして、力の強いものが権力を持つという姿勢で以て家庭でも接していれば、嫁さんはすぐにでも逃げていってしまおう。ましてや女性の権利が主張される今の時代である。いくら威張り散らしていても、嫁さんに、もういやと逃げられてしまってはその兵士はたちまちにして困る。その意味で女が強くなった分、男の暴力には歯止めがかかっているのだろう。
何でもそうだがその草創期は良かった。しかしそれが常態化して大衆化すると、その関係性は乱れていくものである。今度は男が長い間の平和のせいで、危険に身を投じなくなり、ハングリー性が失われて、弱くなっていった。それにより女の強さはフェミニズムという特殊な形をとってしまった。それが世の中の混乱の大きな原因である。