2025/05/09
忍びながらも押している(M.T.)

「巧言令色鮮し仁」ということにこだわっている。これは自分自身、口下手なこともある。いわば口数、言葉数を並べて、相手を圧倒するということは好きでない。むしろ相手にいかに想像させ、考えさせるかという非言語コミュニケートに興味がある。
だからしゃべっていていつも饒舌な人間に押される。しかしここで単に押されているのではなく、空手で言う、押忍の心。すなわち忍びつつも相手を押している。相手に押されてはいるが消極的耐えているのではなく、迎え撃って応戦している。そういう喋りを目指している。しかしこれは得てして受け身になりがちである。だから先手必勝という、最初から仕掛けられて、相手のペースに巻き込まれたら負けてしまう。それは避けねばならない。
「空手の心に先手なし」というが、やはり先手を取ることも考えねばならない。その意味で「言い勝ち功名」という、多少とも筋の通らぬことであっても、積極的に話す人の思い通りに世の中は動いていくということも正しい。しかしその場合でも図々しく出しゃばるのではなく、遠慮と慎みを持ちつつ、控えめにということを忘れたくない。